この世界の片隅に

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テアトル新宿にて、この世界の片隅にをみてきました。広島弁に馴染みのある私は、これを見て実家帰るのが楽しみになりました☺️笑笑

 

当たり前に戦中を生きていて、それが日常。

今はこうやって私は学校に行って来年には卒業して社会人になる。これって当たり前だけど、環境が変化するから自分的にはちょっとした違和感じゃん…。でも来年には社会人に慣れてるのかもしれない。そんな感じなのかなって思った。

当たり前に空襲がある。空襲が始まる頃には違和感があったかもしれないけど、慣れるんだろうな。でも、それが日常。当たり前に防空壕へ逃げる。当たり前に、爆弾の勉強をする。

 

日常だった。

 

多分やっぱり抗いようのない日常だったんだよ。今は戦後だけど。いつ戦前になるか、戦中になるかわからない。戦争は良くないとおもうけど、戦争はしなきゃならなかった。あのとき日本が戦ったから、今の日本がある。今の日本がいつまで続くんだろう…とふと思った。

 

国同士の関係も人間関係と似てるなって思った。みんながみんな平和を重んじてれば戦争なんて起きないけど、平和を重んじてないやつもいるし、喧嘩っ早いやつもいるし、学校の教室のクラスと似てるなって思った。権力持ってる奴がいて、弱い奴がいて、日本は間違ってないと思う。平和って大事。だけど、それが壊されるときに、壊されないようにする防衛はやっぱり大切だよ。

いじめだってそうだもんね。いじめられてる子にいじめ返したら同じだよって言うけど、黙って耐えてたら、その子は壊れるかもしれない。話し合いで解決できる相手と口だけのやつもいるし、本当に悪いと思ってなかったり、適当に物事を言うやつもいる。

やっぱりみんな自分が可愛いし、難しい。

 

だからそんな中でもし今が戦前、戦中になったとき、5年後が戦後1年になったとき、それでも私たちは今の非日常を日常にして生きなきゃならない。

 

攻撃されてもし支配されたら今の発言の自由な社会も、好きな音楽を聞くことも何もかも日常じゃなくなる。日本語を喋れなくなるかもしれない。正しい選択なんてわからないけど、やっぱり、防衛手段は大切だし、もし私たちの日常が非日常になって、非日常が日常になったときも変わらず大切なものを持ち続けていたい。

 

感想を書くと薄っぺらだけど。戦後71年。江戸幕府も250年くらいだし、いつまで続くかわからない本当に。時代は当たり前にここにあるわけじゃないんだよな。なんてね!!

 

とりあえず細谷さんと小野Dイケメンだったわってこと。